奥津甫一(ほいち)


 妙観派。坊主・篠原錦一。元禄14年(1701)正月元日、奥津そも一として権成。 元文元年(1736)7月11日、若松惣検校隠居により52代職惣検校。同5年(1740)10月朔日隠居。
寛保2年(1743)4月28日歿。法名・心聞院一声通誉纂月正甫大居士。(『職邸霊簿』)

 「興津」とも書かれる。在名の読みは「おきつ」か?
 『三代関』東北大学本には奥津そも一とあるが、直前の湊そも一との混同による誤りと思われる。 『表控』では奥津保一。


《2016年1月》

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