妙観派5−1


横田勾当・藤下いさ一 系

 三絃の柳川おう一[寛永16]、浅利せう一[明暦2]の存在が特筆される。 そのほか、職・総分離時代に京都職検校を務めた篠原きん一[寛文元]、平尾ふう一[元禄2]、奥津ほ一[元禄14]といった名が見いだされる。 里見みち一[元禄16]と福島む一[宝永4]は、吉谷かん一(妙観派2−1)とともに元文元年(1736)に手代さの一の事件に関与し、里見は時の五老から末の検校までの降格、福島は十老常不参という処分を受けている。 また、小川かつ一[享保19]は、わずか12歳で惣晴検校となったことが『三代関』に記されている。

横田 勾当
(林田?)
藤下いさ一柳川おう一
[寛永16]

篠原きん一
[寛文元]

奥津ほ一
[元禄14]
寺尾 勾当羽川かふ一
[宝暦6]
 
宮本おう一
[元禄15]
春木しゆく一
[享保17]
 
里見みち一
[元禄16]×
[元文4帰]
 
福島む一
[宝永4]
柴山みや一
[元文5]
 
藤由に一
[正徳6]
 
山住 勾当足高さた一
[宝永6]
吉沢はま一
[正徳元]
高原 勾当
高岡とき一
[元文4]
 
後藤さく一
[正保4]

平尾ふう一
[元禄2]
若林りう一
[正徳2]
上原 勾当
内山心安一
[安永5]
 
三津村た一
[正徳3]
 
杉谷てつ一
[正徳3]

小川かつ一
[享保19]
 
久村定一
[宝暦6]
 
柳島りやく一
[正徳6]×
 
加納 勾当清川ゆう一
[元禄2]
 
永瀬かち一
[元禄14]
 
浅利せう一
[明暦2]
大川しち一
[寛文3]
 
三田村さの一
[元禄16]
 
堅田いち一
[寛文7]
 


《2012年10月》

当道系図

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