香坂露一(ろいち)


 師堂派。坊主・小寺温一。寛永16年(1639)9月晦日権成。

 小倉藩主・小笠原遠江守忠雄の扶持検校。『厳有院殿御実紀』では「高坂」と表記されている。

 『三代関』に「香坂ち一」とある。 『三代関』には、元禄3年(1690)5月23日権成の続て一の坊主が「香坂そ一」、正徳2年(1712)11月28日権成の高瀬とう一の坊主が「香坂ろ一」とある。 これだけではいずれが正しいとも決しかねるが、寛文12年(1672)7月11日の日付で惣検校十老から発せられた「触状」には、 座中序列第8位に「香坂検校露一」の名が見えることから、香坂検校の都名は「ろ一」が正しいと考えておく。

 * 加藤康昭;『日本盲人社会史研究』,未来社(1974).p156〜157

 同文書は、中山太郎;『続日本盲人史』,p124〜125 にも掲載されているが、そこでは香坂検校の名は「良一」と記されている。 また、『奥村家蔵 当道座・平家琵琶資料』には、その1か月前の寛文12年6月10日の日付の同じ趣旨の文書が p218〜219 に載っているが、そこでは「落一」とある。 「良一」は音の類似から、「落一」は字形の類似から、香坂検校の名が「ろ一」であったことの傍証となる。


《2012年1月》

検校列伝

当道