柳川応一(おういち)


 妙観派。坊主・藤下いさ一。寛永16年(1639)12月4日権成。延宝8年(1680)歿。

 三絃柳川流祖。新様式の破手組の曲を作曲。 『待つにござれ』、『長崎』、『葛の葉』、『比良や小松』、『京鹿子』、『下総』、『片撥』、『賊』、『錦木』、『青柳』など。

 初名を「かがいち」と称したらしい。

    柳川加賀都
 柳川加賀都は摂津の人。検校となり、三絃を善くす。 後江戸に来り、其の技大いに行はる。門人に佐山検校あり、若緑の譜二上りの曲を作れり。

  ―― 『本朝盲人伝』,p.222
 * 佐山検校 = 佐山本一


柳川応一 外部リンク

  柳川検校とは(コトバンク)


《2013年9月》

検校列伝

当道